10月の御言葉

涙と共に種蒔く人は
喜びの歌と共に刈りいれる。
種を背負い、泣きながら出て行った人は
束ねた歩を背負い、喜びの歌を歌いながら帰ってくる。
                 (詩編 126章 5〜6節)

喜びの収穫

 収穫の秋ですね。もう、刈り入れも終わったころでしょうか。岐阜県高山市郊外の農村で生まれ育った私は、黄金色に輝く刈り入れ前の田んぼを見るのが大好きです。また、刈り入れ後の田んぼの匂いも好きです。子どもの頃、ひんやりとした朝霧の中を、親戚、家族そろって、山の田んぼに刈り入れに出かけた日のことを思い出します。朝早く母親たちは、かまどで炊いたご飯を御櫃に入れ、大きな鍋で煮ものを作り、それを荷車にのせて田んぼに出かけました。今のようにコンバインなどない時でしたから、大人たちは皆、腰をかがめて稲を刈り、束ねていきました。私たち子どもたちは、その稲束を背負って、荷車の置いてあるところまで運びました。お昼は草の上に輪になって、家から持ってきたごはんを食べました。子どもたちにとって、それはピクニックのような楽しさでした。遊園地や行楽地に行くという楽しみはありませんでしたが、家族そろっての刈り入れは、大きな喜びの時でした。そして、刈り入れが終わると、夕焼け空を背に、荷車にいっぱい稲束を積んで帰りました。その風景を思い出すと、なんとも懐かしい気持ちになります。先日、車を走らせている時、田んぼに稲束が稲架(ハサ)にかけられているのを見かけました。最近ではほとんど見られなくなったその光景に、なんだか胸の奥が熱くなるのを感じました。
 
 詩編126編を読むとき、私はいつも子どもの頃のその懐かしい風景を思い出すのです。この詩編は、50年以上のバビロン捕囚の苦しみから解放された人々の喜びが歌われています。苦しみの後の大きな喜びが、刈り入れの喜びとして歌われています。苦しみの中で、泣きながら、涙と共に種を蒔いた者たちに、主なる神さまは、確かに喜びの収穫を与えてくださると歌われています。そして、ここで語られている「種をまく」ということが、み言葉の種をまくとうい伝道の働きととらえられて、教会では、福音宣教の労苦と、確かな収穫の喜びを歌ったものとして親しまれてきました。今日、福音宣教の働きは決して簡単なことではありません。しかし、神さまは、ご自身の大きな恵み、私たち人間に対する愛によって、確かに、大きな喜びの収穫を約束してくださっているのです。
                            (牧師 屼ノ下照光)
  

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今週の集会案内

・10/1(水) 17:00 小学生英語   ・19:30 祈祷会
・10/2(木) 10:30 聖書に触れる会 (ルカ12:13-21) 

・10/5(日) 役員会

秋のファミリーBBQ♪

日頃来られない、青年会、Youth time、ギター同好会の家族や友人みんな一緒に、
ファミリーバーベキューを予定しています♪
是非ご参加ください★


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