5月の御言葉

 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。

 苦しみの日々が来ないうちに。

「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。

                           (コヘレト言葉12章1節)

 

      「イエスさまに出会ったころのこと〜私の1968」

 

 敬愛する皆さま、いかがお過ごしでしょうか。ごぶさたしております。新型コロナウイルスの感染の広がりが厳しさを増しています。主なる神さまが、皆さまとご家族をお守りくださいますよう、祈っております。また、この世界的な混乱が一日も早く終息するようにと、お祈りしています。

 前期高齢者の私は、免疫力を高めなければと思い、しっかり食べ、今では夜9時すぎにはベッドに入って少し本を読んで10時には就寝にするようにしています。最近、五木寛之さんの方を読んでいて、歌手の加藤登紀子さんの『登紀子1968を語る』という本の存在を知り、さっそく、11年前に出版されたその本を入手しました。そして、その本から、彼女の「1968」というCDを知り、それも手に入れて聴いています。

 私は、「1968年」と聞いて、私の1968年を思い起こしました。それは私が17歳の時です。この年、ベトナム戦争が激しさを増し、アメリカの公民権運動指導者のマーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺されました。日本では大学生たちが学内の民主化や反戦を訴えて学生運動が広がっていきました。12月には東京府中市で三億円事件が起きています。高校生の時から学生運動をしていた加藤登紀子さんは、東大生のこの時、まさに学生運動の真ん中にいました。CD「1968」のジャケットに、彼女は、「1968 それは、私の人生のスタート/世界の若者が同じ呼吸をした奇跡の年/ベトナム戦争が火を噴いていた/‥‥」と書いています。

 そのような世界と日本の激しい動きの中で、私自身は、自分の殻の中に閉じこもっていました。16歳、17歳という年代の時の記憶が、私自身の中から飛んでしまっていて、ほとんど思い出せないのです。中学を卒業し、15歳になったばかりの私は、貧しい故郷の家を離れて、ふてくされたように大阪に出て来ました。大阪のある理容院に住み込んで理容師をめざしていました。一応まじめそうにしていましたが、ほとんど笑うこともなく、休みになれば、部屋にこもって本を読むか、ナンバに出かけて、一人で三本立ての映画を見ていました。私と同世代の藤圭子さんは、「十五、十六、十七と私の人生暗かった」と歌っていましたが、そんな感じでした。牧師でありながら、人との関わりが苦手で、一人でいるのが好きなのは、そのころの影響なのだと思います。そのため、お交わりをいただいている皆さまにも、いろいろとご迷惑をおかけしたのだろうと思います。今さらながらですが、皆さまにお詫びいたします。申し訳ありません。

 「1968年」に触れて、イエスさまが、私に出会ってくださったころのことを思い起こしました。そして、そのことをお話しさせていただきたいと思い、北山先生に無理を言ってこの紙面を使わせていただきました。7月号まで、私の昔話におつきあいいただきたいと思います。何の喜びも希望もなかった私の青春の日々の中に、イエス・キリストご自身が、入ってきてくださいました。50年を経た今日も、私は大きな喜びをもって、そのことを感謝しているのです。  

               (牧師 屼ノ下照光)


お知らせ

  


2020年 4月のお花🌸

今年も春がやってきました✨



ぽかぽか陽気のある日の青空。

見上げると、鮮やかなピンク色✨

元気が出てきます💪🏻


皆さんに見て頂けなかったのが残念ですが、教会の小ぶりな桜の木には、

とても綺麗なお花が咲いていました🌸













春を感じますね🌷





草花も元気よく育っています❣






今年は、新型コロナウィルスの感染拡大によって在宅礼拝が続いており、

教会はひっそりとしています。

でも、お庭では次々とお花が咲いて、

今年も変わらず春の訪れを感じることができます🌸


このブログを見てくださる方々に、

少しでも元気をお届けできれば幸いです。



私たちを取り巻く環境は、日々変化していきますが、

変わらないものがあります。



それは『神様のみことば』です📕



「草は枯れ、花は散る。

しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」

ペトロの手紙機1章24、25節







Happy Easter 🥚

新型コロナウィルスの感染拡大のため、引き続き、在宅礼拝とさせて頂きました。



イースター


 おめでとうございます❤




「わたしは復活であり、命である。


わたしを信じる者は死んでも生きる。」

  

ヨハネによる福音書11章25節



4月の御言葉

一緒に食事の席についた時、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、

パンを裂いてお渡しになった。

すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。

二人は、「道で話しておられるとき、また、聖書を説明してくださったとき、

わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。 

              (ルカによる福音書 24章30〜32節)


      「近づき、語りかけ、心を燃やしてくださるイエスさま」


 イースターおめでとうございます。新型コロナウィルスの感染の世界的な拡大の中で、礼拝に集うことができず、在宅礼拝をお願いしました。私自身も、兄弟姉妹がたと共に集うことのできないことが、こんなにも淋しく辛いことなのかと思わされています。感染の広がりが一日も早く終息するようにと、日々、祈りを熱くしています。共に祈ってまいりましょう。

 イエスさまがご復活された日の夕方、二人の弟子がエルサレムからエマオに向かっていました。彼らは、イエスさまの復活の知らせを聞いておりましたが、おそらくそれを信じることができないで、とぼとぼと故郷に向かっていました。

 その彼らにイエスさまが近づいて共に歩き、聖書のみ言葉から、メシアの受難と復活について語り、教えてくださいました。それでも、二人の弟子は、同伴者がイエスさまであることがわからないまま、エマオに入り、そこで食事を共にしました。そのときのできごとが、上にあげたみ言葉です。イエスさまが二人にパンを分け与えられたとき、二人は目の前の方がイエスさまであることが分かりました。そのとき、イエスさまのお姿は見えなくなりましたが、彼らの心はイエスさまの語りかけによって、燃やされていたことに、彼らは気づかされました。

彼らは、「道で話しておられるとき、また、聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合いました

 彼らは、イエスさまの死の現実に、深い悲しみを抱き、うなだれてエマオに向かいました。その彼らが、近づいて、共に歩んで語りかけてくださったイエスさまによって心が燃やされました。このことこそが、復活の主イエスさまが、私たちにも与えようとしておられる恵みです。

 今、新聞、テレビは、連日、世界中に蔓延する新型コロナウイルスの感染のニュースで満ちています。世界中が暗黒に覆われているようです。いい知れない不安と恐れを感じています。そんな私たちに、イエスさまは、今日も私たちに近づいてくださり、み言葉によって、私たちの心を燃やし、慰め、励まし、新しい歩みへと押し出してくださいます。新しい歩みというのは、「明日がある」という歩みです。明日に希望を見る歩みです。鈴木正久という日本基督教団の議長をも務められた牧師さんが、次のように語っておられます。

「わたしは死に向かって生きているのではなく、キリストの日に向かって一日一日を感謝して充実して生きている。『明日がなくても、今日精一杯生きればよい』という人があるが、あれは嘘だ。わたしたちたちに本当に明日があるからこそ、今日を精一杯生きられるのだ。わたしにとって本当の明日とは、死を破って復活された生けるイエス・キリストにまみゆる日なのだ」。

 不安と恐れに満ちた今日ですが、この日、わたしたちに近づき、語りかけてくださるイエスさまによって、確かな永遠の明日が約束されています。困難の中ですが、確かに生きておられるこのお方に深く信頼し、寄りすがり、兄弟姉妹がたと互いに支え合い、共に祈りを熱くしてまいりましょう。   (牧師 屼ノ下照光)



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