10月の御言葉

涙と共に種を蒔く人は
喜びの歌と共に刈り入れる。
種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は
束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる。
              (詩編 126章5〜6節


                 収穫の喜び
 
 NHK朝の連続ドラマ「ひよっこ」を楽しみに見ていました。1964年〜1967年頃の時代が描かれており、「集団就職」なども描かれていました。同じ時代に田舎の中学を卒業して大阪に出てきた私には、懐かしくもまたほろ苦いものを思い出させるドラマでした。このドラマの中に、主人公の田舎での田植えや刈り入れの場面もありました。今日のように機械化されていない時代の田んぼの風景にも郷愁をかられました。

 詩編126編5〜6節の、私がこの季節にいつも思い起こすみ言葉です。朝の散歩の折、刈り入れが終わったばかりのあの田んぼの匂いに触れるとき、このみ言葉を思い起こします。そして、このみ言葉は、遠い昔の田舎の風景へと私を連れ戻してくれるのです。

 子どものころ、秋のひんやりとした早朝、家族、親戚総出で山の田んぼに出かけました。大人たちが、鎌で刈り入れて束ねた稲穂を、子どもたちが背負って運びました。お昼に草の上でみんなでいただいたご飯のおいしさ、楽しさもはっきりと思い起こすことができます。一日の仕事が終わって、稲束を荷車に山のように積んで家に帰った時の夕焼けの美しさも懐かしく思い出します。

 詩編126編は、バビロン捕囚という想像を絶する苦しみを経験した人々に、神さまによる解放が告げられたという喜びを歌っています。
      主がシオンの捕らわれ人を連れ帰られると聞いて
      わたしたちは夢を見ている人のようになった。
      そのときには、わたしたちの口に笑いが
      舌に喜びの歌が満ちるであろう。
      そのときには、国々も言うであろう
      「主はこの人々に、大いなる業を成し遂げられた」と。
 
 9月に、私たちの教会でも“敬老の交わり礼拝”と敬老お祝い会をしました。70年、80年の年を重ねきた方々は、今まさに刈り入れ、収穫の喜びの時を迎えておられるのではないでしょうか。たとえ、その人生が、泣きながら、涙と共にあったような歩みであったとしても、神さまが確かにそなえてくださる豊かな収穫の秋があることをこのみ言葉は語っているように思います。                   
                            (牧師 屼ノ下照光)

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